昭和19年。上の三人、左から山本ようこさん、インタビューでお話いただいた宮本英一さんの母:多美子さん、インタビューでお話いただいた松原美枝子さん。月島3丁目路地周辺。 …
昭和19年。インタビューでお話いただいた松原美枝子さんの兄:利夫さん(右から3番目の男性)が陸軍に出征するということで、近所の人が集まって写真を撮ったときのもの。場所は、松原家の隣、宮本家の前。 このとき、お向いの山本洋子さんのご主人も海軍出征されたそうです。 …
昭和7年生まれの松原さんが女学生だった戦後、米は貴重品。親はやりくりが大変、子どもも食べたくても我慢しなければならなかったという当時の状況がよく伝わってきます。 (さらに…)…
昭和7年生まれの松原さんが女学生の頃の記憶です。「自分の家も、ご近所も大して変わらないくらい行き来していた」というコメントから、当時の近所づきあいがうかがえます。 (さらに…)…
昭和7年生まれの松原さんの戦後の近所づきあいは、今とは比較にならないほど親密だったのでしょう。互いに食料やモノを融通しあっていた当時の様子が垣間見える記憶です。 (さらに…)…
昭和7年生まれの松原さんの女学生の頃の記憶。パチンコの景品をもってきたおばさんに気を利かせる母。「お風呂どうぞ」と声をかけてくれる隣人。人情味豊かな近所づきあいの1シーンです。 (さらに…)…
昭和7年生まれの松原さんは読書が好きだったそうです。お隣の年の離れたお姉さんのところで本を読ませてもらったり、渡船に乗って図書館に行ったり。松原さんのかわいらしい語り口で、生き生きとした様子が浮かんできます。 (さらに…)…
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